FC2ブログ







願いとあれば国の半分なりとも与えよう

雪まつりの終わった札幌はだんだん暖かくなってきました。道路の端にうずたかく積み上がった雪も、溶け始めています。今年の冬が暖かいのは私が北海道に移住したからだと言う兄弟がいました。そうであるなら主のご配慮はすばらしいです!

「御声を聞かせてください」という祈りを続ける中で主から示されたのは「聖書の御言葉から私の声を聞きなさい」ということです。以前は「日々のみことば」というディボーション冊子を使っていたのですが、札幌移住を機に使わなくなり、通読はすれど深い黙想が欠けていました。致命的な失敗です。

エステル7:2
クセルクセス王は王妃エステルが命がけで会いに来たことを喜び、「王妃エステルよ、何か望みがあるならかなえてあげる。願いとあれば国の半分なりとも与えよう」と言いました。国の半分もくれるというのは気前の良いことです。もちろん本気ではなく、当時の言い回しかもしれませんが。ペルシャ帝国の半分と言えば、広大な領域です。くれると言われても大事過ぎて、「ではください」と簡単には言えないでしょう。

王の王なる主は、本気で私たちに国を与えてくださいます。しかも、半分ではなく、すべて。主イエス・キリストは主の祈りで、 私たちに「御国を来らせたまえ」と祈らせています。また、「何よりもまず神の国を求めなさい」と命じておられます。黙示録では主と同じ玉座で統治する権威を与えてくださることを約束しておられます。主は私たちに御国を与えたくて仕方がないのです。王の王なる主の恵みは気前良すぎて私たちは物怖じしてまともに受け取ることができません。だから、主は私たちに求めて祈るように命じられ、重ねて御言葉で約束し、「遠慮することはない」と太鼓判を押してくださっているのです。私は主のご好意に感謝して、遠慮なく主の御国をいただきます。
[ 2015/02/17 19:58 ] ディボーション | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://thefireofgod.blog.fc2.com/tb.php/97-74b8c16c