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信仰書をシェアすることの威力

私の本棚にはご覧のように信仰関係の本がずらりと並んでいます。



おととし、東京から郡山に引っ越すとき、半分くらい人に配ったのですが、それてもたくさん残り、また増殖し始めています。これらの本は私の本でありながら、私のものではないと思っています。

クリスチャンになり、伝道熱に火がついたばかりのころ、なんとか人々を救いに導きたいと切望しました。しかし、自分には霊性はないとわかっていたので、知識で武装して霊性のなさを補おうと信仰書を読みまくりました。ところが、いつしか信仰書をコレクションすることに熱心になってしまい、信仰書が偶像のようになり始めました。神様を求めて信仰書を読むことは良いことですが、いつのまにか信仰書を集め、知識を自慢することに主眼がすりかわってしまったようです。私はそれに気づいたので、何か手を打たなければならないと考えました。

聖書では、タラントンのたとえで、賜物を地に埋めてはならないと警告しています。本も神様からいただいたもの、神様から管理をまかされている賜物です。自分の本棚にある本で、一生のうちでもう一度読み返す本は何冊あるでしょうか。一度読んだきりで開くことのない本、本棚に飾ってあるだけでもう一生読まない本も多いのではないでしょうか。それを考えたとき、読んで良かった信仰書はことあるごとにシェアし、積極的に人に貸したり、場合によってはプレゼントしたりすることにしました。こういう行動は地味な働きですが、続けていると時に威力を発揮することを体験してきました。

最近、友人にハイディ・ベッカーの「愛に燃やされて」を貸しました。すると、友人が実家に帰ったときに、ノンクリスチャンのお母様がその本を見つけて、「ぜひ読みたい!貸して欲しい!」と頼んできました。モザンビークの宣教師の聖霊様の働きに満ちた本を、友人のノンクリスチャンのお母様が読みたいと懇願したのです。ハレルヤ! 読めば神様に心開かれることは間違いありません。

何でお母様がそんなに読みたがったのか、後で友人に聞いてみたところ、「マザー・テレサをモデルとして活躍している人の本」というふうに話したら、マザー・テレサが好きなので、興味を持ったそうです。私の本棚にある本でハイディ・ベッカー以外にマザー・テレサを範とする著者はいません。貸したのが他の本でなく「愛に燃やされて」だからこそ用いられたのです。主のすばらしい導きに感謝します。

今まで本を貸したり紹介したりするだけで、救いのために大きく前進したことが何度もあります。何がどのように救いのきっかけに用いられるかわかりません。だから、私たちは神様にご利用いただけるツールをなるべくたくさん持っておいた方が良いでしょう。
[ 2015/01/13 23:41 ] Kingdom has come! | TB(0) | CM(0)

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