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半殺しになった人の脇を通り過ぎる

優秀さをもって主を証することはできますが、それよりも励ましや慰めを与える方が力があるでしょう。

今日は同期の一人が欠勤していました。あまり研修の進みが芳しくなく、悩んでいたふしがあるので心配になりました。一度励ましをしたことはあるのですが、なかなかかける言葉も難しく、フォローできていなかったところがあります。帰りに勤怠カードを切るとき、その人のカードがなくなっていました。まだその人に主を証していません。最後にその人を見たのは、大通公園を北大のリバイバルのために祈りながら歩いているときでした。ベンチで一人で座っているので、声をかけようか迷いましたが、祈っている最中だったので、私はあの強盗に襲われて半殺しになった人の脇を避けて通った祭司やレビ人のように、通り過ぎました。愛の実践の機会を逃し、救いに導く機会を逃してしまい、心が痛みます。

自分の責任の範囲の中にいる人々に対して、私はどれだけ忠実でいられるでしょうか。
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[ 2015/06/26 19:38 ] ブログ | TB(0) | CM(0)

一番高い評価

昨日の昼、派遣会社から着信が入っていたので折り返したら、高い評価を受けているため、いまの研修内容とは全く別のチームへの配属を打診されているとのことでした。

それはそれとして北大のために祈りながら大通公園を歩き回りました。最後にベンチで祈っていると、ふと隣を見ると研修チームのリーダーがいたのでギョッとしましたが、気を取り直して職場に戻りました。

配属を打診されているチームはこれから確実に拡大していく見込みのあるところでした。おもしろそうだったので、日曜日の休みと、北大の集いのときに早めに帰る約束を取り付けた上で引き受けました。

後で研修チームのリーダーの人と一対一で話しました。その方によると、私は同期の12人の中で一番高い評価を受けているとのことでした。ハレルヤ!御自分の民を頭にしてくださる主の恵みに感謝します。

話はそれでしまいかと思いきや、「どこの教会に行ってますか?」と聞かれました。何とそのリーダーの方はクリスチャンで、ジェリー先生のこともジェラルド先生のこともよく知っており、一時期は教会の見習いスタッフもしていた人でした!不思議な主の巡り合わせもあるものです。
[ 2015/06/26 12:26 ] ブログ | TB(0) | CM(0)

選択と集中

21日の礼拝では、5年間全く歩けなかった人が癒しの祈りを2回受けたあと、「新しい足をもらったようだ!」と驚いて、そのまま歩きだしました。全く歩けず、筋肉もほとんどなかったはずなのに、片手で歩行器をつかんでいるだけで歩けるようになりました。ハレルヤ!主の御名を賛美します。



人生で与えられている時間は有限です。何事でも成功する人は「選択と集中」ができる人です。神の民であれば、主がその人に命じられたことに集中すれば、大勝利は間違いありません。私は自分が集中すべきことが何か、最近やっと自覚しました。

そもそも私が札幌に来たのは北大の福音化のためでした。何年も前からなぜかそういう思いが与えられていました。それで北大から徒歩1分の場所に住所を定めました。

ICF教会は私が初めて行く少し前に、ある預言者が「北大の福音化が北海道のリバイバルの鍵だ!」と預言しました。私はそういうときにICFにつながりました。

そして、先月のホームカミングでは、台湾霊糧堂の預言者の卵から、私が「ジョシュアの世代の救い」に用いられると預言されました。霊糧堂の人はホームカミングに来る前に「日本にはあなたが励ます人がいる」と預言されていました。

こういう一連の流れの中でも私には実際のところ、なぜか確信がありませんでした。今月、ある兄弟の的をついた言葉をきっかけに繰り返し預言の言葉について考えるようになりました。いつも御声や御心を求めて祈っていたにもかかわらず、なぜかすでに何をするべきか示されているのに気づいていませんでした。主から「これをするように」と示されているというのは何と幸いなことでしょう。今までは集中できていませんでしたが、今後は北大の福音化のために集中して祈ります。





[ 2015/06/24 23:26 ] ブログ | TB(0) | CM(0)

「Yes!!」

昨日の十字架の兵士ととある学生との会話。

十字架の兵士「教会に行ったことはありますか?」
とある学生「はい、通っています」
十字架の兵士「そうですか!なぜ通っているのですか?」
とある学生「キリスト教だからです」
十字架の兵士「ということはクリスチャンですか?」
とある学生「はい、クリスチャンです」
十字架の兵士「私はいま福音を伝えていたのですが、クリスチャンなら福音は聞いたことありますよね?」
とある学生「はい、もちろんです」
十字架の兵士「そうですよね。では、福音とは何かわかりますか?」
とある学生「もやもやしていてわかりません。説明できないだけでわかると思います」
十字架の兵士「説明できないということはわかっていないのではないですか?」
とある学生「教会には親が行っているから行ってるだけで、私はよくわかりません」
十字架の兵士「では、今まで一度もイエス・キリストを心に受け入れたことはありますか?」
とある学生「ありません」
十字架の兵士「ではクリスチャンではないということになりますね」
とある学生「はい、クリスチャンではありません」
十字架の兵士「では、今から福音を簡単に伝えますので、聞いていただけますか?」
とある学生「もう行かなければなりません。さようなら」

「道端のものとは、こういう人たちである。そこに御言葉が蒔かれ、それを聞いても、すぐにサタンが来て、彼らに蒔かれた御言葉を奪い去る。」
この学生は救われているでしょうか。キリストを知らない人は教会に通っていても決して救われていません。

毎週教会に通い、自分のことをクリスチャンだと言っている私たちの家族や友人は、本当にイエス・キリストを知っているでしょうか。自分自身は、本当にイエス・キリストを知っているでしょうか。主に対する応答が単なる形式的な習慣にとどまらず、私の内なるものすべてが「Yes!!」というものでありますように。
[ 2015/06/16 21:17 ] ブログ | TB(0) | CM(0)

タコスパーティー



今日はタコスパーティーです。



先々週、聖霊充満な中学生と伝道していたとき、1年前から教会を離れていた高校生の兄弟と会い、今日、礼拝に回復しました。さらに、そのときに伝道した女子校生が私の知らないうちに来て、新来者カードに記入し、中高生の集まりまで参加していました。その人も何年か前に教会に来たことがある人でした。ハレルヤ!放蕩息子が戻って来るのを願われる主は、今日、2人が御元に帰ってくるために働いてくださいました。

教会から離れていた兄弟は、教会に通っていない間、心に平安がなかったそうです。そりゃそうです。神様から離れていてどうして平気でいられるでしょうか。一度恵みを知ったら、世の生活に満足できるはずがありません。私たちには神様の愛と恵みがどうしても必要なのです。
[ 2015/06/14 15:16 ] ブログ | TB(0) | CM(0)