FC2ブログ







いちごチョコ味ケーキ



今日は感謝なことに、北大の集いに先週来た姉妹がいちごチョコ味ケーキとシュークリームを作ってきてくれました。

新しい人は、特に来る予定はなかったのですが、エトルリア人の聖霊充満な留学生がつい10分前に会ったという中国人の留学生を伝道してきました。ハレルヤ!

そのエトルリア人の留学生は聖霊様の導きに従って毎晩3時間も祈っているそうです。



昨日から私の職場の真ん前の大通公園ではヨサコイが始まりました。研修を受けているとリハーサルの吹奏楽の演奏が聞こえてきます。東京にいたとき、教会で踊ったのを思い出しました。日曜日まで毎日やるので、一度見に行こうかと思います。ところで、ソーラン節はイスラエルと関係があるという説があります。実は神様を賛美する内容だというのです。おもしろい話ですね!

http://www.historyjp.com/article.asp?kiji=105
[ 2015/06/11 21:28 ] ブログ | TB(0) | CM(0)

教師になってはなりません

「わたしの兄弟たち、あなたがたのうち多くの人が教師になってはなりません。わたしたち教師がほかの人たちより厳しい裁きを受けることになると、あなたがたは知っています。」

私はずっとフルタイムの献身者としての生き方が自分にとって最高であり、それしかないと思っていました。他の道は妥協に過ぎないと。

しかし、今はよく分かりません。神様に用いられたいとは願いますが、自分でフルタイム使役者になりたいからなるというだけでは十分ではないようです。少なくとも聖霊様からは今ではないと続けて語られています。

「教師になってはなりません。」

この御言葉を今ほど畏れをもって受け取れるときはありません。主の僕が倒れたという話は嫌と言うほど聞きました。成功例よりも失敗例の方が多いようです。神社やお寺に油を注いだ人の話がニュースになりましたが、他人事とは思えません。思い上がって肉的な思いで何かを始めたら、私はきっと多くの人のつまずきになるでしょう。用いられたいという願いは持ちつつも、主からのはっきりとした指示、特別な力の付与があるまでは、待ちます。仮にそれが20年とか30年後になったとしても。
[ 2015/06/10 23:49 ] ブログ | TB(0) | CM(0)

遠ざかっているがよい

イエス・キリストは罪人の友となられました。だから、私も未信者を心から尊敬し、彼らの友となりたいと願います。実際、世の中の人であっても自分より優れている人たちが多く、まだ主を知らないというだけで、心から尊敬している人たちはたくさんいます。彼らは、それぞれの人生を必死に生きています。

私は教会の中にいるファリサイ人たちより、彼らの方がずっとすばらしいと思います。ファリサイ人たちは社交クラブのようなものを作って他の人がそこに入るのを許しません。いつも神様の愛のメッセージを聞きながら、初めて教会に来る人がいると心の中で彼らを裁き、偽りの笑顔を見せながら「遠ざかっているがよい、わたしに近づくな。わたしはお前にとってあまりに清い」と思いめぐらします。初めて来た人たちはその反応を見て恥をかき、二度と教会に行こうとは思いません。それでいてファリサイ人たちは「神様がいつリバイバルを起こしてくださるのだろう」などと言ったりします。外にいる人たちが滅びようとしていても、全くの無関心なのに。

教会に来る人たちは、たいていちょっと変わっていたり、いろいろと訳ありだったり、問題を抱えていたりするのです。主イエス・キリストは彼らを心から愛して抱き寄せたので、イエス様の周りには人の群れが尽きませんでした。教会は主の御姿に倣うより、放蕩息子の兄のように、弟の悔い改めを疎ましく思う人が多いようです。そういう教会はいつか死にます。
[ 2015/06/08 21:32 ] ブログ | TB(0) | CM(0)

どんなつまらない言葉も

「それなのにお前たちは、『主の道は正しくない』と言う。聞け、イスラエルの家よ。わたしの道が正しくないのか。正しくないのは、お前たちの道ではないのか。」

神様を信じないという人がいますが、神様は信頼に足る方です。信頼できないのは人間です。人は趣味のように嘘をつき、平気で約束を反故にします。誓っては破り、約束しては忘れ、「何も悪いことはしていない」と自分を偽ります。破っていいような誓いがあるでしょうか。忘れていいような約束があるでしょうか。主は主に対して誓ったことをすべて覚えておられます。主は私たちのどんなつまらない言葉も裁きの日に責任を問われます。他でもない、自分の口から出た言葉が私たちを裁くのです。

「一生イエス・キリストに仕えます」と言いながら、都合が悪くなるとすぐに救い主を裏切る放蕩息子たち、イスカリオテのユダたち。「献身します」と言いながら、ぬるま湯に浸かったままの怠け者たち。

さあ、あの時誓ったことを、いま、思い出しなさい。いま、時のある内に、自分の言葉の通りにしなさい。
[ 2015/06/07 16:18 ] ブログ | TB(0) | CM(0)

強い確信

先ほど大学生に福音を伝えて教会の礼拝に約束しました。ハレルヤ!主の導きがありますように!

最近、改めて伝道の秘訣をつかんだ気がします。「わたしたちの福音があなたがたに伝えられたのは、ただ言葉だけによらず、力と、聖霊と、強い確信とによったからです。」私が好きな御言葉で、伝道のためによく黙想し、祈る箇所です。「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける」と書いてあるので、多くのクリスチャンはすでに伝道の三要素のうち、力と聖霊は持っています。多くの人に何が足りないのかというと、強い確信です。「絶対に伝道できる」と確信して伝道するとき、必ずと言っていいほどうまくいきます。

ICFでは数週間前から月から土まで朝6時から8時まで早天祈祷会が持たれるようになりました。伝道で残る実をもっと結ぶためにと、昨日の朝、初めて参加してみました。献身者が始めたのではなく、祈りに重荷を持った一人の信徒が始めたものです。彼は他に来る人がいないときでも忠実に席を守っているようでした。

ICFでは伝統的に誰か「これがやりたい!」と志が与えられた人がミニストリーを始めるそうです。それで私も長老から伝道のムーブメントを起こすようにと勧められたのでした。東京にいたとき、「ほかの教会に行っても伝道や弟子訓練はやらせてもらえないよ」と重ねて言われました。確かに多くの教会ではそうなのでしょうが、ICFではむしろ伝道は歓迎されており、新しいムーブメントを企画することも、比較的自由にすることが許されているようです。良い教会だと思います。

ある兄弟と話して、6月13日に最初の伝道のレクチャーと実践の集いを持つことになりました。伝道熱が札幌に燃え広がる契機となりますように。
[ 2015/06/04 20:00 ] ブログ | TB(0) | CM(0)